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遠い国
先週は、親友の結婚の報告と実家の近所に住んでいた幼馴染の不幸があった複雑な気持ちの一週間でした。

JICAの実施している青年海外協力隊事業のJOCVとして任国に派遣される期間は2年。
参加できる年齢は20~40歳です。
20代で参加するにしても30代で参加するにしても、人生の中でも変化の多い時期にいろんな想いを持って参加している人も多いと思います。
そして、日本国内にいる家族や友人・知人にも2年間の中ではいろいろなことが起こります。
兄弟の結婚や出産などの慶事、親の病気や親戚の不幸。
友人の結婚や出産も日本にいたなら祝福の言葉を送りに行っていたことでしょう。

JOCVで活動している2年間で日本には帰れないと聞いたことがある人がいるかもしれません。
実はそうではなく、1親等以内(両親・配偶者・子供)の死亡もしくは危篤の場合は帰国が許されます。
(※死亡と危篤では若干システムが違いますが説明は割愛)
そして、今年から任国外旅行という活動中に任国周辺の国へ行くことが出来る制度が変更になり、全ての国から任期中に1度だけ日本に帰れることになりました。
今までは、国ごとに定められた数カ国にしか行けず、日本はどこの国からも上記の理由以外では行けない国でした。
ちなみに、ブータンは現在インド・ネパール・タイ・スリランカに行くことができます。

しかし、世界中で活動しているJOCVにとって帰国するというのは旅費などの問題もありはかなり大変な事も多いのです。
ブータンからでも最低で往復10万円程度かかります。
中南米やアフリカからということになると、想像もつきません。

これらの事情もあり、やはり日本は遠い国なのです。

大切な人の大切な瞬間に駆けつけることはなかなか難しいですが、遠い国から気持ちだけでも届けばと思うばかりです。
そして、帰国した際はその時にできなかった分までしっかりやろうと思います。
なので、どうかみなさま体に気をつけてお元気でいてください。


[2010/07/19 21:44] | 一般 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
帰国
自分じゃなくて、です。

今日、夕方のパロ空港発バンコク行きの飛行機で、一人の隊員が帰国しました。

世界中で活動しているJOCVには2種類あって、自分のように基本的に任期が2年の青年海外協力隊員(長期)と任期が最長10ヶ月の短期隊員がいます。

長期の隊員は年4回派遣されており、派遣時期は以下の通りです。

 ・一次隊:4月訓練開始→6月派遣
 ・二次隊:7月    →9月
 ・三次隊:10月   →1月
 ・四次隊:1月(?) →3月

ちなみに自分は二次隊です。
ブータンの場合は観光のハイシーズンと重なる四次隊の派遣はありません。
この調度2年後が帰国の時期となります。

そして、短期は最近年6回の派遣から4回に変更されました。
派遣時期はある程度決まってますが、要請によって微妙に違い、随時のものもあったりします。
今回帰国したのはこの短期隊員。
ブータンに赴任した時期が自分と3日程度しか違わず、同期隊員として仲良くしてもらっていた音楽隊員でした。
その彼が9ヶ月の任期を終えてとうとう帰国していきました。

ブータンに来てから同期の中で唯一の首都隊員だった彼にはいつもいつも助けられてばかりでとてもお世話になった人でした。
彼は、ブータンに来る前にシリアで2年間JOCVとして活動してこちらに来たため、ボランティアとしての考え方も外国での生活の仕方もボク以上にしっかりしていて、尊敬できる人物でした。

そんな彼も帰国。

任期のあるJOCVとしては致し方ないことなのですが、どんどんお世話になった方が恩返しをする間もなく帰国されていきます。
そして、また新隊員が赴任してきて、あと1年3ヵ月後には自分も帰国し、そのうち自分の事をしっている人もいなくなるのだなとしみじみ感じた日でした。
そんな所業無常な日々ですが、少しでも何かを残せるように活動していきたいなと思った今日この頃でした。

ちなみに、彼はブータン唯一の音楽学校で指導しており、とても幸運なことに帰国直前に五代国王の前で演奏できる機会を得て、御前演奏をしたそうです。
もちろんブータンJOCV初の事で、すごい足跡を残して行ったなと思いました。

帰国後、彼は音楽教師になるべく採用試験を受けるとのことでした。
シリアでの活動とブータンでの活動の経験を活かして、生徒に好かれる良い先生になってくれると信じてます。


そんなわけで、ちょっと寂しさを感じつつ改めてしっかりやっていこうと気持ちの入った今日でした。
[2010/07/12 22:09] | 一般 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
緊急事態
えー、パソコンが壊れました。
先月から、音が出なくなり、次に指紋認証が検出されなくなり、USBのジャックも使えなくなりと徐々に機能を失っていってたのが、とうとうここ3日くらいでスイッチ自体が入らない状態に。

徐々に壊れていったために内部のデータは外付けHDにしっかり移せたからよかったですが。

現在は、バックアップ用で持ってきていた中古のPCを使ってます。
このPCは仕事でも使っているので、ウィルス感染しまくりで怖くてカメラをつなげません。
さて、どうやってブログに写真をアップしようかと思案中です。

ちなみに、ブータンでは近年PCを一般的に普及するためのさまざまな方策がとられています。
例えば、学校でのIT教育。(JOCVが学校で教えてたりします)
例えば、官公庁でのPC購入の補助制度。

歴代JOCVの活躍によってかどうかは不明ですが、若い人の中ではかなりPCを使える人が多いです。
それにくらべ、中年以降の人は・・・。日本と同じですね。

一台で、人によったら年収分もする価格のPCですが、まだまだ利用に慣れてない人が多く、メディアリテラシー(?)に対する意識も低いので大変だと、あるPC隊員が言ってました。
そんなわけで、ウィルス対策なんてまじめにしているわけも無く、国中でウィルスが蔓延しているというわけです。

とは言っても、これとはまったく関係ないと思われる要因で自分のPCは壊れてしまった訳ですが。
これからJOCVのためにある保険を使ってどうにか新しいのを買おうと画策中です。

ということで、次回までに写真がどうにかなればどうにかします。
それではまた。
[2010/07/05 00:25] | 一般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
はためく街-おまけ
先週終わってしまったSAARCサミットのおまけ。

サミットで変わったこと、気づいた事などなどをまとめて。

●道路がきれいになった
 ・一部の道路ではアスファルトが引きなおされました。でも、日本と違うのは古い舗装の上にプライマーらしきものを塗ってその上に直に新しいアスファルトを敷くというなんとも大胆な方法で工事してました。
 ・一部の道路に中央線が引かれました。ブータンでは中央分離帯がある道路はあっても基本的にそんなもの見たことがありません。

●警官が大発生
 ・いたるところにいました。
 ・普段こんなにいないのに、どこから沸いて出てきたのか不思議です。

●犬がなんとなく減った気が・・・。
 ・野犬狩りでもしたのでしょうか、街中で見かける数が減ったような気がします。
 ・とはいっても、習慣で殺されることは無いのでいつかまた戻ってくるでしょう。

●夜の店が早く閉まる
 ・サミット期間中はノーミュージックノーダンスだったそうです。
 ・各国の代表団の一般職員みたいな人たちはブータンのナイトライフが楽しめず残念だったことでしょう。

●みんなゴ・キラを着てる
 ・もともと普段から着ないといけないものらしいのですが、政府のお達しにより子供以外はほとんどみんな来てました。普段は仕事が終わった人などは洋服です。

●インド・ネパール人がいない
 ・ブータンには建設現場などの労働力としてインド・ネパール人の人が多く出稼ぎに来ています。しかし、この期間中は、母国に帰されたり外出禁止になったりという措置がとられたそうです。
 ・ブータンの暗部を垣間見た気がしました。

良いこともあり、そうでもない事もあった1週間でした。


そうそう、何にも影響が無いと思っていた自分の職場にも多少影響がありました。

救急車

緊急時のVIPのバックアップのために地方から救急車が応援に駆けつけてました。
もちろん運転手とスタッフ付で。
その救急車とスタッフが寝泊りしてたのが、元産婦人科&耳鼻科の病棟だったうちのオフィスだったのです。
いつも見かけない人がいっぱいいて、おまけに玄関のところでケータリングの飯を食べてたので、不思議に思って同僚に聞いたらそういうことでした。
かといって、特に自分が何かしたわけではないですが。

ただ、地方の病院は規模も小さくあまり救急車も無いのにスタッフ付で貸し出させるとはまたすごいなと。
その間、地方の病院がどうなってたか不思議です。
ちなみに、写真の救急車はタシアンツェという首都から3日ほどかかるところの病院のものです。

この救急車が活躍することなく終わったのは良かったと思いますが、遠路遥々ご苦労様でした。
[2010/05/08 19:21] | 一般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
はためく街-2
SAARCサミット本番。

4月28日・29日で参加各国の大統領や首相が全員集まり会議が行われました。
会議の様子は、生中継でブータン唯一のテレビ放送局BBSで放映され、テレビのある場所ではブータン人の多くの人が足を止めて観ていました。

会議では、初めに各国の代表が5分間のスピーチをしたそうなんですが、自国の援助実績などのアピールをして、ほとんど全ての国が時間をオーバー。
その中でも、オブザーバー国で参加したイランは議長であるブータン首相の制止を振り切って、15分間も喋っていたそうです。
その中で、日本の代表はきっちり5分間でスピーチを終わらせ、内容も今回のサミットの主題である気候変動についての話をしたそうで、好評でした。
5分で終わらせるところが日本人的という感じはしますが。

その会議場にはとうぜん入る事ができないので、会議が始まった街の様子を見て回ってきました。

まず驚いたのは、メインストリートであるノルジン・ラムに車が一台もいない。
いつもは、路上パーキングに車やタクシーがたくさん止まっているのに、この日は駐車禁止になっていました。
そして、サミット参加国の国旗がプリントされた旗を持った周りの学校の生徒が集まってきて、道路沿いに一列に並び始めます。
会議場へ向う各国代表団の車列を歓迎するためです。

旗振り役の生徒たち

通りの端から端まで続いてます。
27日を含めた3日間毎日朝から旗を振るために各学校から500人の生徒を動員してやってるようです。
もちろん、授業を休みにして。

オーストラリアの代表

その前をこのように、国の名前が書かれたナンバープレートの車が走り去っていきます。
この車はオーストラリアの代表が乗るBMW。
新車です。
このときは、急に目の前で止まって保健省の施設に視察に入っていきました。

警備の警官

パトロール中の警官。普段はこんな装備をしていません。
アメリカのスワットみたいです。



場所は変わって、本会議がある28・29日はVIPのためかサブジマーケットと呼ばれる野菜市場の建物で物産展のようなものが開かれてました。
サブジ(市場)の物産展

お土産

売ってる物といえばこんな感じです。
ブータン特産の織物とか仏像・宗教画のタペストリーなどです。
残念ながら日本のように食に関するお土産は無い国なのです。
ブータン饅頭のようなものがあればいいのですが。。。


このように、ティンプーの街を上げての歓迎が功をそうしたのか、本会議では大きなトラブルも無く無事に全日程を終了して各国の代表は30日に帰っていきました。
もちろん、旗を持った生徒たちが見送ってくれたのはいうまでもありません。


こんな国を挙げての大イベントのときでも小学校に入る前の子供には関係無いようで、普段どおりに野良犬と遊んでました。

夕方のこども
[2010/05/03 00:40] | 一般 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
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